2015年4月18日

つらい耳鳴り、雑音で和らぐ 意識そらす治療が効果

実際に鳴っていない音が聞こえる「耳鳴り」。原因は分かっておらず、症状が悪化すると睡眠障害などを引き起こし日常の生活に影響を及ぼすこともある。根本的な治療法は確立されていないが、医師によるカウンセリングと、耳に装着する小型機器から耳鳴りに似た音を流して意識をそらす新たな治療法が効果を上げている。

埼玉県草加市の女性(72)は2013年冬、セミの鳴き声のような音が聞こえるようになった。早朝や深夜に悩まされることが多く、寝不足になることもしばしば。「ひどいときは頭の中がわんわんして涙が出る」と漏らす。

複数の耳鼻咽喉科で「異常はない」との診断が続き、大学病院で耳鳴りだと判明した。病院薬や漢方薬を服用。はり治療にも通ったが改善せず、最新の治療法である「TRT」を受けるため東京医科歯科大学の耳鼻咽喉科を受診した。

■「楽になった…」

TRTはTinnitus Retraining Therapyの略称で「耳鳴り順応療法」と訳される。補聴器のような形のサウンドジェネレーターという小型機器を耳にかけ、耳鳴りよりやや小さな雑音を流し、耳鳴りから意識をそらす。通常1日6時間以上装着し、2年程度の治療を要する。早ければ約3カ月で効果が表れる。薬による治療で効果のない人でも6~7割に効くという。

東京医科歯科大がTRTを導入したのは03年。耳鼻咽喉科で耳鳴りを訴える新規患者は年約300人いる。中でも女性のような重症患者にTRTを施す。女性は耳鳴りがひどい時に装着するといい、「寝られなくてつらい思いをすることもなくなった」と喜ぶ。

TRTは患者の悩みや不安に応えるカウンセリングも重視される。女性も耳鳴りの診断を受けた大学病院で「がんよりも治すのが難しい」と医師に言われ、「がっかりして落ち込んだ」と打ち明ける。耳鼻咽喉科の野口佳裕講師は「医師の心ない対応によって患者の耳鳴りの苦痛度が増すことがある」と指摘する。

野口講師は患者の不安を払拭するため、検査で難聴の有無を調べたり、脳の重大な病気を疑う場合には磁気共鳴画像装置(MRI)で脳の診断をしたりする。耳鳴り発生のメカニズムを説明し、最終的に患者が耳鳴りを「気にしなくてもいい音」として受け入れられるよう尽くすという。

■全国各地に拠点

TRTを受けられる病院は全国にある。新須磨病院(神戸市)の耳鼻咽喉科には毎月約30人の新患が訪れ、中でも症状の重い患者にTRTを勧めている。50歳以上がほとんどで、患者自身がTRTを希望することも多い。新百合ヶ丘総合病院(川崎市)や大阪市立大学医学部付属病院(大阪市)なども導入している。

サウンドジェネレーターの製造販売を手掛けるマキチエ(東京・中央)によると、200超の大学病院や総合病院などで対応しており、価格は1台4万8600円(税込み)。このほかシバントス(相模原市)も、全国約50の病院で機器を扱っている。

ただ「周囲が静かな時に耳鳴りが気になる」程度の患者に対してはTRTは実施しない。寝る際にラジオの局間ノイズや波の音のCDを聞くようアドバイスする。深酒を避けたり、趣味に熱中したりすることも症状緩和に効果があるとされる。野口講師は「睡眠不足にならないよう体調を整えることで耳鳴りの症状悪化は抑えられる」と話す。

◇            ◇

■患者、50代以上に多く イヤホンで大音量… 若者も注意必要

耳鳴りの原因は解明されていないが、末梢(まっしょう)説と中枢説の2つが考えられている。

耳を発生源とする末梢説は、音を認識するカタツムリのような形をした内耳の器官「蝸牛(かぎゅう)」の障害が原因とされる。一方、脳を発生源とする中枢説は、蝸牛の障害による脳への音情報の伝達量の減少分を、脳がこれまで通り受け取るよう過剰に反応することで音を認識することによるとされる。

治療は、原因を取り除くよりも「なれる・ならす」ための対症療法が主体だ。薬物療法が一般的で、内耳の改善を目的に、ビタミン剤や血管拡張剤、代謝改善剤などが用いられる。内耳の神経細胞の異常興奮を鎮めるために局所麻酔剤を静脈注射することもある。

病院によっては、耳鳴りに近い周波数の雑音を聞くことで耳鳴りが消える効果を狙う「マスカー療法」や、障害のある神経の回復を促す「混合ガス療法」といった治療方法を取り入れているところもある。耳鳴りが原因で不安に襲われる人には抗不安剤、夜間不眠がある人には睡眠薬、鬱傾向がある人には抗うつ剤を処方する。

日本における耳鳴りの患者数は不明だが、欧米の調査では国民の約20%が耳鳴りを経験し、うち2%が日常生活に影響を及ぼす激しい耳鳴りを感じているという。年齢では50代以上が多く、加齢による蝸牛機能の低下が原因とみられる。

ただ、最近はイヤホンで大音量で音楽を聴く若者が増え、世界保健機関(

WHO

)が「若者は聴力を失うと二度と回復しないことを肝に銘じる必要がある」と注意を促している。野口講師は「耳鳴りの原因になる恐れがある」と警告する。

(近藤佳宜)

[日本経済新聞夕刊2015年4月2日付]

[日本経済新聞 http://www.nikkei.com/article/DGXKZO85183970S5A400C1NNMP01/]